「メグミちゃーん!3番テーブルお願ぁーい!」 「はい、わかりました!」 バタバタとメグミは3番テーブルへと向かっていく。 「お待たせしました!ご注文は?」
飲食店ではありふれたシーン。 若い女性が一生懸命に仕事を頑張っていて、微笑ましい……客観的に見れば、まさにその通り。 だが、当事者であるメグミの心の中はどこか淀んでいた。 その心の淀みを誰にも悟られないように、営業用のスマイルを常に顔に貼り付けていた。
何かを考え出すと貼り付けている笑顔がはがれ落ちてしまいそうで、ただただ仕事に集中する。 ただ、そういうときに限って厄介な客に当たってしまうのだ。
「お姉さんさぁ、可愛いけど、なんか心から笑ってない感じがするんだよねぇ」 「も、申し訳ありません……」
突然のクレームに動揺して、なんとか笑みを浮かべてみせる。 それでも客は納得せず、何度もメグミに笑顔を要求する始末だ。 様子を見に来た店長が割って入ったことでなんとかその場を離れることができたものの、周りに迷惑を掛けたという罪悪はどうしても消えない。
スタッフルームで着替えて、夜道をひとりでとぼとぼと歩き、満員電車というほどではないもののやや混んでいる電車に揺られる。 向かい合っている乗客越しに、窓の向こうの景色を眺める。 ゆっくりと流れていく景色は、いつもと変わらない。 電車を降りてコンビニに立ち寄ると自分へのご褒美にちょっとだけ高いアイスを買った。
帰宅するとすぐにお風呂に入る。 湯船に浸かると心も体も解けていき、自然と頭が過去を振り返る。
メグミが就職活動をしていた頃というのはいわゆる氷河期だった。 新卒というカードを失わないために大学に残る人も多く、就職ができないからと院に行くような人もいた。
ただ、メグミはそのどちらも選べなかった。 厳しい就職活動の中で、唯一内定がもらえたのが今の勤務先だった。
正直なところ、最初から望んでいたところではない。 選択肢がひとつしかなかったから、それを手にとった。 ただそれだけのことだった。 別に嫌で嫌で仕方がないというわけではない。 確かに嫌なこともあるけども、やりがいを感じられる日もあった。 でも、仕事を好きなのかと言われると答えに困ってしまう。
この仕事を一生続けられるのかという不安のほうが圧倒的に大きかった。 かと言って、仕事を辞めても次が見つかるとは限らない。 出口のない迷路に閉じ込められたかのような感覚だったが、お風呂の心地よさがそれを幾分か和らげてくれる。 自分の中に渦巻いているものを全部ふーっと吐き出してしまうと、メグミはお風呂から上がった。
着替えると冷凍庫から帰りに買ったアイスを取り出し、ソファに座る。 アイスを堪能しながらテレビを見ていると時刻が目に入る。 どうやらいつもよりは早くに帰ってこれたらしい。
「明日は休みだし……」
メグミはアイスを食べ終わるとパソコンに向かった。 メグミにとっての唯一の趣味とも言えるのが、オンラインゲームだった。 ひとりでダンジョンを冒険しマイペースに楽しむこともできるし、適当にパーティーを組んでやり取りを楽しみながらクエストをこなしていくこともできる。 オンラインならではの要素はあるものの、ごく普通のRPGだ。 今日はどうしたものかとダンジョンをフラフラしていると、友達というほどではない知り合い程度のユーザーが声をかけてくる。
「久々じゃん。元気だった?」 「うん、元気」 「仕事忙しかったん?」 「いやぁ、忙しさは変わってないけど、やっぱいろいろあるね」 「まぁ、仕事はなー。ゲームみたいにジョブチェンジ簡単にできればいいのに」 「それな」 「あ、でもよく考えたら私ジョブチェンジしてるかも」 「どういうこと?」