「お疲れ様でした」
定時から5分経った頃、パソコンの電源が切れたのを確認し、そう言って立ち上がった。 フロアにいる8人の社員が私に「お疲れ~」「いつも通り早いね~」と笑いかける。
私が就職したのは、地元の小さな電機会社だ。 社員もここにいる8人と私、そして奥の部屋にいる社長の総勢十人という、非常にこじんまりとした規模の会社だけれど、地元のつながりのおかげか業績は良く、残業も少ない。 私は事務で、毎日ほぼ変わりのない作業を繰り返す……そんな感じだ。
「あっ、マユカちゃん、ちょっとちょっと」 「はい?」
鞄を肩に掛けたタイミングで、課長が私を手招きした。 帰ろうとすると声を掛けられるのもいつものことだ。 ため息をつきそうなのをなんとか堪えつつ、課長の席まで歩いていく。
「なんでしょうか」 「パソコンが壊れちゃったんだよ」 「はあ……」 「数字ばっかり出てきちゃって」
手元を見れば、Caps Lockの横のライトがしっかり点灯している。 ロックを解除して「これで大丈夫なはずです」と言うと、課長はキーボードを叩いて「おお……」と感嘆の声を漏らした。
「やっぱりマユカちゃんは仕事ができるね」
その言葉に曖昧に笑いつつ、「お先に失礼します」と部屋を出る。
毎日、こんなことばかりだ。 書類をコピーしたり、宛名を書いたり、電話を受けたり、お茶を出したり……。 起こることといえば、さっきみたいなちょっとしたパソコンのトラブルくらい。 仕事って、こんなにつまらなくていいんだっけ? こんなことがしたくて、就職したんだっけ……。
足早に向かった先の居酒屋には、幼馴染のコウヘイが待っていた。 「よっ」と先に飲んでいたらしいグラスを持ち上げる彼の向かい側に座る。
仕事の愚痴を語っていると、彼は「うちだって変わんないよ」と小さく笑った。
「うち、八百屋だからね。仕入れて、並べて、接客して……何なら、おばあちゃんたちの世間話聞いてる時間の方が長いくらい。すっかり寂れちゃって、昔からのお客さんしか来ないから、売上も悪くなる一方だし」 「そうなんだ……」 「人生こんなつまんなくていいのかって俺も思うけど……まあ、こんなもんなのかもな……」
そう言われて、ずき、と心が痛んだ。 学生の頃のコウヘイはもっと勝ち気で、子供だったので「宇宙一の八百屋にする」みたいなことを言っては、いろんなアイデアを私に語ってくれた。 それは全部突拍子もないものだったけれど、その何もかもをすべて諦めた顔をしている彼が、なんだか見ていられなかったのだ。
商店街、か……。 帰り道、すっかり人気のなくなった商店街を歩きながら、思いを馳せる。 確かに、私も最近使わなくなってしまった。 そんなことを考えながらSNSを見ていると、たまたま、友達のリツイートが目に飛び込んでくる。
ワクワクを生み出すアイディア探しアプリ SeekSeeds ……?
ワクワクを生み出す……それが本当にできたら、このつまらない日々が変わるかも。 ……なんてね。 ちょっと夢見がちだなあ自分、と思いながら、リンクをタップする。 開いた先のサイトには、こんな言葉が表示されていた。
『SNSに散らばる「こんなサービス(アプリ)ないかなー」という声を集めてみました』
見れば、いろんな呟きがそこには表示されている。 しばらくそれを眺めていると、二つの呟きが目に留まった。
『うちの近く、小さいスーパーしかないから野菜の種類が少ないんだよね。アプリで簡単に注文できたらいいのに』
『電池と人参と肉を注文したいけど、うち田舎だから、それを一緒に配達してくれるところがないんだよな。都内だと大手がやってたのになぁ。アプリでワンタッチで買えるようにしてくれ~』
……これ、商店街だったら、解決できるんじゃない?
ふとそんなことを思った瞬間、頭の中でいろいろなものが繋がっていくのを感じた。 商店街で一つの注文アプリを作って――この辺りに住むお客さんの注文なら、八百屋も魚屋も電気屋もまとめて配達できるようにする。 田舎は大手サイトの生鮮食品の配送可能地域から外れているから、競合にならない。 更にこういうアプリを一つ作ってしまえば、いろんな商店街に同じアプリを使ってもらうビジネスもできる――!